ヒシジマのおんがくだいすき!

ヒシジマによる思考の肥溜めでありチラ裏 覗け 茶でも飲め

煙突 - ミツメ

この曲、じつに映画的である。この曲を聴き終えたときの言い知れぬ満足感はこれに由来すると考える。

「煙突」の歌詞に直接的な感情の描写はなく、淡々と情景描写が続いてゆく。

聴き手は、主人公の感情を直接理解するのではなく、歌詞の端々から情景や場面を心に思い浮かべ、喜怒哀楽などの感情で括ることの出来ないような、繊細な心情の機微を汲み取っていくのである。ぼくがこの曲を映画的と感じるゆえんである。

歌詞から感情描写をあえて削り、情景描写に振ることにより、心情の移ろいや機微の解釈は聴き手に委ねる。
結果、よりディテールの細かい心情描写を可能としているように思う。なんて巧妙ですてきなんだ

それゆえその感じ方に正解はなく、受け取り手次第で様々な解釈が可能であることもこの曲の魅力である。この解釈の自由度の高さ、恐れ入る。見習いたいものである

”陸橋に差し掛かったとき ミラーに映ったのは 髪の長かった頃の きみだったような”

いやエッッッモ(語彙力の喪失)

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